古代において一年中緑を保つ植物は長寿や繁栄のシンボルとされ、実際に庭園に植栽されることも多かった。
また、温帯地域でもいわゆる照葉樹林帯や硬葉樹林帯には葉の美しい植物が多く、古くから鑑賞の対象にされた。
もとより一般的な家庭でも軒にシノブを吊るしたりして緑の葉を楽しむなど、観葉文化は日本の都市に日常的に存在していたし、ハボタンはヨーロッパのキャベツが江戸時代の日本で観葉用に改良されたものである。
19世紀には産業革命の進展によりガラスや鉄材の大量生産が可能になることで温室が普及しはじめ、一方でプラント・ハンター達により厖大な種類の植物がもたらされ、熱帯産植物や高山植物の栽培が広まった。
また一般の建築もガラスの多用により明るくなり、室内に長期間植物を置ける環境が整った。
特にヴィクトリア朝のロンドンではスモッグのため都市環境が悪化し、室内に植物を置いて栽培する機運が高まった。
また幕末から明治維新にかけての頃の日本から、いくつかの葉もの園芸植物がもたらされ、観葉文化に拍車をかけたものと思われる。
以後、主として室内において熱帯、亜熱帯産の葉の美しい植物を栽培することが盛んになり、こんにちに至っている。
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